日暮里・北千住にはあらかわ遊園、円通寺、見沼代親水公園などの観光スポット、酉の市、だるま供養、荒川区産業展などの観光イベント、すき焼き、もつ鍋、そばなどのご当地グルメがあります。
日暮里は東京都荒川区にあり、日暮里駅や西日暮里駅があります。日暮里駅は京成線や常磐線、日暮里・舎人ライナーなどが走っているため、アクセスに恵まれた環境で、下町情緒の溢れるエリアです。
北千住は足立区にある、北千住駅周辺のエリアを指します。北千住という地名は実際に存在しません。江戸時代には宿場町として栄えました。北千住駅前にはレストラン、スイーツショップ、デパートが並び、住みやすい街として人気です。
日暮里には煮込みや肝焼きを肴にお酒を楽しむリーズナブルな居酒屋から、少し贅沢したい時にぴったりのレストランまでさまざまな飲食店があります。
北千住には串揚げや焼き鳥などが人気です。また、ギャラリーを兼ねたカフェも多く、コーヒーを味わいながらゆっくりとした時間を過ごすことができます。可愛らしいケーキやマカロンを販売するスイーツショップも見逃せません。
日暮里駅の西側には趣のある谷中銀座商店街が広がっています。正月には谷中の七福神めぐり、夏には谷中銀座まつりなど年間を通してさまざまなイベントが開催されています。その近くには夕焼けだんだんという階段があり、夕焼けスポットとして知られています。
南東側には60店以上の繊維専門店が並ぶ繊維問屋街があり、日本のファッションの発信基地となっています。日暮里駅北口には彫刻家の朝倉文夫のアトリエを改装した朝倉彫塑館があり、館内にはコレクションや蔵書が展示されています。
北千住駅の周辺にはデパートやオシャレなカフェレストラン、図書館、大学のキャンパスなど落ち着いた雰囲気があります。ドラマ『3年B組金八先生』シリーズでお馴染みの、荒川の土手も近くにあります。
荒川の土手にはサッカーや野球のグラウンド、サイクリングコースが設置されています。荒川では毎年7月に足立の花火大会が開催され、多くの人が訪れます。これは明治時代から続く、地元住民や花火ファンから愛されている花火大会です。
東京都足立区に位置する舎人公園は、都立の総合公園です。この公園は、自然とスポーツが楽しめる広大な敷地を有し、多くの来訪者に親しまれています。 概要 舎人公園は、約63ヘクタールの広大な敷地を持ち、公園中央で交差する尾久橋通りと舎人公園通りによって4つの区画に分けられています。西側の敷地(A・D地区)には陸上競技場やテニスコート、野球場などのスポーツ施設が整備されており、東側の敷地(B・C地区)には、水鳥が観察できる大池や親水広場、キャンプ場などが配置されています。特に南東部には、バードサンクチュアリも設けられており、自然とのふれあいが楽しめます。 舎人公園は東京都内にありながら広大な敷地...»
總持寺は、東京都足立区西新井一丁目に位置する真言宗豊山派の仏教寺院です。通称「西新井大師」として広く知られ、古くから「関東の高野山」とも呼ばれています。毎月21日には縁日が開かれており、地元の人々や参拝者に親しまれています。 概要 總持寺は、新四国四箇領八十八箇所霊場の第1番札所としても知られており、その宗教的な意義は深いものがあります。山号を五智山(ごちさん)と称し、正式名称は五智山遍照院總持寺(ごちさん へんじょういん そうじじ)です。 寺院の沿革 總持寺の起源は、弘法大師(空海)が関東巡錫の途中、西新井を訪れた際に本尊である観音菩薩の霊託を受け、天長3年(826年)に十一面観音を...»
汐入公園は、東京都荒川区に位置する都立公園です。この公園は、白鬚西地区市街地再開発事業の一環として整備され、隅田川に隣接して広がっています。公園の東部には都道314号言問大谷田線が縦断しており、道路の一部はトンネル化されています。 再開発による都市の変貌 汐入公園の周辺地域は、再開発によって大きく変貌しました。かつてこのエリアには、密集した市街地が広がっており、住居、商業施設、工場が混在していました。しかし、再開発に伴い、現在では汐入都営住宅や高層マンションが立ち並び、都市景観が一新されています。 歴史 - 工場地帯から再開発へ 汐入公園が所在する白鬚西地区は、明治末期から大正期にかけ...»
小塚原刑場は、かつて東京都荒川区に存在した刑場です。江戸時代から明治初期にかけて、この場所で多くの処刑が行われました。小塚原の地名は「古塚原」や「骨ヶ原(こつがはら)」とも呼ばれています。 地理的背景と設立 この刑場は、慶安4年(1651年)に千住大橋南側の小塚原町(現在の東京都荒川区南千住2丁目)に設立されました。当初は「小塚原町」として知られていましたが、万治3年(1660年)に千住宿に加えられました。江戸時代には、江戸の北に位置する小塚原刑場と、南に位置する東海道沿いの鈴ヶ森刑場(現在の東京都品川区南大井)が江戸の二大刑場として知られていました。 刑場の規模と処刑の種類 小塚原刑...»
荒川区立あらかわ遊園は、東京都荒川区西尾久6-35-11に位置する遊園地です。1922年(大正11年)に開園したこの遊園地は、東京都内唯一の公営遊園地として長年親しまれています。総面積約3万平方メートルを誇り、隅田川沿いの穏やかな立地が魅力です。 2018年(平成30年)12月1日からリニューアル工事に伴い長期休園していましたが、2022年(令和4年)4月21日に待望の再開園を果たしました。 概要 歴史と特徴 あらかわ遊園は、1922年に開園した老舗の遊園地であり、その歴史は100年を超えています。過去に数度の改装を経て、現在の施設構成は1991年(平成3年)以降のものです。この遊園地...»
足立区生物園は、東京都足立区の元渕江公園内にある動物園・水族館です。屋内外に展示スペースがあり、様々な生きものとのふれあいを通じて、命の尊さや自然との共生を学べる施設となっています。 施設の概要 足立区生物園は、1階と2階の屋内展示と屋外展示場で構成されています。特に、チョウの大温室は1階と2階を吹き抜けでつなぐ開放的な空間が特徴です。屋外展示場にはふれあいコーナーが設けられており、訪れた方々は多種多様な動物に直接触れることができます。また、2010年(平成22年)4月には、屋外展示場に「オージードーム」が新設されました。 園内で見られる生きものたち 足立区生物園では、約500種の生き...»
元渕江公園は、東京都足立区保木間に位置する区立公園で、近隣住民に親しまれています。1969年に開園し、広場や釣りのできる池があるほか、四季折々の花々が楽しめる公園です。特に春には桜と、足立区の花であるチューリップが見頃を迎え、多くの来園者で賑わいます。 概要 元渕江公園は、広場や釣りのできる池を備えた公園で、地域の人々にとって身近な憩いの場です。また、園内には昆虫や両生類、魚類、哺乳類など様々な生物に触れられる「足立区生物園」という施設があります。この生物園は、有料ですが家族連れや教育目的での訪問が多く、人気のスポットとなっています。 四季折々の風景とイベント 元渕江公園は、春には桜と...»
ギャラクシティは、東京都足立区栗原にある文化施設群の総称で、西新井文化ホールとこども未来創造館からなる複合施設です。1994年3月に開館し、地域の文化活動や子どもたちの教育の場として利用されています。 概要 ギャラクシティは、もともと都営住宅だった敷地に建設され、開館と同時に都営住宅も建て替えられました。1994年の開館以降、足立区生涯学習振興公社が運営を行っていましたが、2005年4月1日より足立区教育委員会青少年センターに運営が変更されました。2011年10月から2013年3月末までリニューアル工事が行われ、その間は全館休業していましたが、2013年4月1日に再開し、新たに指定管理者と...»
足立区都市農業公園は、東京都足立区鹿浜のスーパー堤防上に位置する足立区立の公園です。1984年(昭和59年)に開園し、芝川が荒川に注ぐ河口付近にあり、南側は荒川河川敷緑地に面しています。農業体験や自然とのふれあいを提供する場として、さまざまな施設が整備されています。 概要 都市農業公園は全国各地に作られている農業公園のひとつで、自然とのふれあい、植物栽培、園芸、農業への理解と教育、市民の憩いのために設立されました。公園内には、田畑や果樹園、温室、足立区内から移築された古民家など、東京郊外で行われていた農業を伝える施設があります。また、芝生広場や児童遊具など、家族で楽しめる施設も充実していま...»
胡録神社は、東京都荒川区南千住にある歴史ある神社です。 創建と歴史 胡録神社は、1561年(永禄4年)に創建されました。上杉謙信の家臣であった高田嘉左衛門一党が、この汐入の地に土着した際に祀った祠がその起源です。神仏習合の時代には大六天を祀る神社として機能していましたが、明治時代の神仏分離政策により、神社名が「胡録神社」に改称されました。この名前は、汐入で盛んに生産されていた胡粉(ごふん)の「胡」と大六天の「六」を掛け合わせたものです。 高田嘉左衛門と胡録神社の創設 胡録神社は、永禄四年八月の川中島合戦で敗れた上杉謙信の家臣、高田嘉左衛門(たかだかさえもん)が十二名の同志とともに関東に...»
素盞雄神社は、東京都荒川区南千住に位置する神社で、地元では「千住素盞雄神社」や「南千住素盞雄神社」、さらに「お天王様(おてんのうさま)」とも親しまれています。荒川区南千住、三河島、町屋、および台東区三ノ輪など、計61町を総鎮守する旧郷社であり、その例祭「天王祭」は、東京都内でも珍しい二天棒の神輿による神輿振りが有名です。 祭神 素盞雄大神(すさのおおおかみ) - 元は牛頭天王 飛鳥大神(あすかおおかみ) - 元は飛鳥権現 木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ) - 祭神が降臨した御神体である「神影面瑞光荊石(しんえいめんずいこうけいせき)」の代わり神 神社の歴史 延暦14...»
石浜神社は、東京都荒川区南千住三丁目に位置する由緒ある神社です。隅田川の西岸に位置し、かつて「石浜」と呼ばれた長く伸びる微高地の上にあります。その創建は724年(神亀元年)に遡り、神社は長い歴史の中で多くの崇敬を集めてきました。 創建と歴史 石浜神社は724年、聖武天皇の勅願によって鎮座されました。中世には源頼朝が奥州征討の際に戦勝祈願を行い、また鎌倉幕府7代将軍・惟康親王が元寇の際に戦勝祈願を行ったことが記録されています。これらの戦役に勝利したことから、関東武士をはじめ多くの人々の崇敬を集めるようになりました。 石浜城と神社の関わり 鎌倉・南北朝時代から安土桃山時代にかけて、この地域...»
諏方神社は、東京都荒川区に位置する歴史ある神社です。地域の総鎮守として、新堀(日暮里)・谷中の人々に親しまれており、諏訪大社を本社とする諏訪信仰の神社のひとつです。毎年8月に行われる例祭では、境内や周辺の道路に数多くの露店が立ち並び、多くの参拝者で賑わいます。特に3年に一度の御神幸祭では、本社神輿が町内を渡御するという大規模な祭事が行われ、地域の伝統を色濃く反映しています。 創建と歴史 諏方神社は、1202年(元久2年)に創建されました。その創建者は豊島経泰であり、諏訪大社からの勧請によって創立されました。文安年間(1444年~1499年)には、戦国大名の太田道灌から社領の寄進を受け、江戸...»
八幡神社は、東京都荒川区西尾久に鎮座する神社で、尾久八幡神社とも呼ばれます。旧上尾久村、旧下尾久村、旧船方村の総鎮守として古くから地域の人々に親しまれてきました。神社の旧社格は村社です。 御祭神 主祭神 応神天皇が主祭神として祀られています。応神天皇は古くから農工商の神様とされ、また学業成就、交通安全、商売繁盛、除災招福、病気平癒、金運などに恵まれるとの御神徳が広く氏子崇敬者に伝えられています。 八幡神社の由緒 八幡神社の正確な創建年は不詳ですが、鎌倉時代末期の正和元年(1312年)に尾久の地が鎌倉の鶴岡八幡宮に寄進された頃にさかのぼると考えられます。神社に残る棟札には、至徳2年(1...»
谷中は、東京都台東区の下谷地域に位置する、歴史と文化が融合した魅力的な地域です。谷中一丁目から七丁目に広がるこのエリアは、郵便番号110-0001にあたり、江戸時代から続く伝統的な街並みと、数多くの仏教寺院が点在する「寺町」として知られています。 歴史的背景と文化の魅力 谷中は元々山林が広がる地域で、江戸時代には上野の寛永寺の子院が次々と建てられ、多くの寺院が集まる「寺町」として発展しました。江戸の庶民にとっての行楽地であり、歴史的な町並みが今なお残っています。江戸時代の名残を色濃く残す建物や寺院が多く、関東大震災や第二次世界大戦でも大きな被害を受けなかったため、当時の風景がそのまま維持さ...»
天王寺は、東京都台東区谷中に位置する天台宗の寺院で、正式名称は護国山尊重院 天王寺です。 開創から日蓮宗時代 天王寺の歴史は、日蓮が鎌倉と安房を往復する際、関小次郎長耀の屋敷に宿泊したことに始まります。関小次郎は日蓮に帰依し、草庵を結びました。その後、日蓮の弟子である日源が法華曼荼羅を勧請し、開山しました。 1641年(寛永18年)、天王寺は徳川家光・英勝院・春日局の外護を受け、将軍家の祈祷所として29690坪の土地を拝領しました。また、1648年(慶安1年)には日蓮宗9世の日長により『長耀山感応寺尊重院縁起』が著されましたが、法華寺から転住した日耀が中興するまでの歴史は不明です。 弾...»
大名時計博物館は、東京都台東区谷中に位置する時計の博物館です。1974年4月に開設され、陶芸家である上口愚朗によって収集された江戸時代の大名時計が展示されています。館内には、櫓時計や台時計、枕時計など、江戸時代の大名お抱えの時計師たちが作った多種多様な時計が並び、これらは美術工芸品としての価値も高く、日本独自の文化遺産として世界に類を見ない存在です。 大名時計博物館の歴史 大名時計博物館は、陶芸家の上口愚朗が生涯にわたって収集した大名時計を展示するために設立されました。上口は1951年(昭和26年)に勝山藩の下谷屋敷跡に「上口和時計保存協会」を設立し、その後、彼の没後には二代目上口等が19...»