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愛宕神社(東京都港区)

(あたご じんじゃ)

愛宕神社は、東京都港区愛宕一丁目に位置する神社で、自然に形成された愛宕山の山頂に鎮座しています。この山は標高25.7メートルで、東京都区部における天然の山としては最も高い場所です。また、京都市右京区にある愛宕神社を総本社としています。

愛宕神社の概要

愛宕神社は、防火・防災にご利益がある神社として広く知られています。その由来は、火の神である火産霊命(ほむすびのみこと)を主祭神として祀ることに由来します。さらに、罔象女命(みずはのめのみこと)、大山祇命(おおやまづみのみこと)、日本武尊(やまとたけるのみこと)といった神々も配祀されています。

境内の見どころ

愛宕神社には、美しい丹塗りの門と社殿があり、参拝者を迎えます。また、参道には「出世の石段」として有名な急な石段があります。この石段は、江戸時代に起きた「寛永三馬術」の曲垣平九郎(まがき へいくろう)の伝説にちなみ、その名が付けられました。現在の男坂は86段あり、約40度という急勾配で知られています。

「寛永三馬術」と曲垣平九郎の伝説

この石段は、江戸幕府第三代将軍徳川家光が、愛宕山の満開の梅を見て「馬に乗って梅を取って参れ」と命じた際、四国丸亀藩士の曲垣平九郎が見事に馬で石段を上り降りして梅を手折り、家光に献上したという逸話に基づいています。この故事により、平九郎は「日本一の馬術の名人」として称えられ、その名は全国に広まりました。

境内末社について

愛宕神社の境内には、いくつかの末社があります。太郎坊社には天狗の神である猿田彦神が祀られ、福寿稲荷社には宇迦御魂神が祀られています。また、弁財天社には市杵島姫命、大黒天社には大國主命と事代主命がそれぞれ祀られています。

主な祭事

愛宕神社では、年間を通じてさまざまな祭事が行われています。特に有名なのは、6月23日夜から24日早朝にかけて行われる「千日詣り」です。この期間中に社殿前に設置される茅の輪をくぐることで、千日分のご利益が得られるとされています。また、9月22日から24日にかけて行われる例大祭「出世の石段祭」も注目されます。この祭りでは、神輿が男坂(出世の石段)を上り下りする様子が見られます。

愛宕山とその歴史

愛宕山の形成と特長

愛宕山は、東京都港区愛宕に位置する丘陵で、標高25.7mの高さを誇ります。地質学的に愛宕山は自然形成によって成立したことが立証されていますが、その形成のメカニズムは依然として明確ではありません。この山は、東京23区内で最も高い天然の山であり、愛宕神社の境内には三等三角点が設置されています。

江戸時代から現代までの愛宕山

江戸時代、愛宕山は信仰の対象であり、その山頂からの江戸市街の景観は素晴らしいものでした。この山は、『鉄道唱歌』の第1番にも「愛宕の山」として歌われています。山上に位置する愛宕神社は、1603年に徳川家康の命により江戸の防火を祈願して建立されましたが、後に「天下取りの神」や「勝利の神」としても知られるようになりました。各藩の者たちは、地元へ祭神の分霊を持ち帰り、各地で愛宕神社を祀るようになりました。

特に有名なのは、桜田門外の変で井伊直弼を襲った水戸藩の浪士たちが、ここで成功を祈願してから江戸城へ向かったという逸話です。また、NHKの前身である社団法人東京放送局(JOAK)は、1925年にこの愛宕山に放送局を設置し、1938年までここから放送を発信していました。

愛宕神社とその逸話

出世の石段とその由来

愛宕神社の「男坂」として知られる急な石段は、「出世の石段」とも呼ばれています。この名称は、1634年に徳川家光が愛宕山の山上に咲く梅の枝を取るように命じた際、讃岐丸亀藩の家臣である曲垣平九郎が馬で石段を駆け上がり、見事に梅の枝を取ってきたことに由来しています。この功績により、彼は馬術の名人としてその名を全国に轟かせました。

その後、出世の石段を馬で登る挑戦は3例のみ成功しています。1882年には仙台藩の石川清馬が成功し、1925年には参謀本部馬丁の岩木利夫が挑戦に成功しました。最後に1982年、日本テレビの特別番組で馬術のスタントマンである渡辺隆馬が挑戦し、32秒で登頂に成功しました。

愛宕信仰の広がり

愛宕信仰は、京都市の愛宕山山頂に鎮座する愛宕神社から発祥した信仰で、日本全国に約1000社の愛宕神社が存在しています。特に東北地方に多く分布しており、祭神は主にカグツチノミコトやイザナミノミコトが祀られています。戦国時代には勝軍地蔵を本地仏とし、戦の勝利を祈願する軍神として信仰されていましたが、江戸時代に入ると火防の神として信仰されるようになりました。

愛宕山事件とその影響

1945年8月17日、太平洋戦争の敗戦直後、愛宕山で「尊攘同志会」の会員たちが降伏に反対して愛宕山に篭城し、全国に決起を呼びかけましたが、失敗に終わりました。同年8月22日には尊攘同志会員のうち12人が集団自殺を図り、10人が死亡しました。これにより、愛宕山は歴史的な悲劇の舞台となりました。この事件は「愛宕山事件」として知られ、尊攘義軍事件とも呼ばれています。この事件は日本の戦後史において重要な出来事であり、愛宕山はその舞台となったことでさらに歴史的な意味を持つ場所となりました。

愛宕神社と周辺環境

現在、愛宕山周辺には高層ビルが立ち並び、かつてのような見晴らしは失われましたが、豊かな自然環境と歴史的な建造物は変わらずに残されています。歴史ある曹洞宗の青松寺や愛宕神社、NHK放送博物館が存在し、それらを取り囲む超高層ビル群が、現在の東京を象徴する風景を作り出しています。愛宕山には、愛宕山エレベーターが設置されており、山頂まで楽にアクセスできるようになっています。

アクセス

愛宕神社へのアクセスは、地下鉄やJRなど複数の交通手段が利用可能です。最寄り駅からの徒歩距離も短く、訪れやすい立地となっています。

その他の情報

2014年から、愛宕神社では楽天の提案により、特定の時期に電子マネー「Edy」を利用した賽銭が可能となっています。これは、伝統的な神社での新たな取り組みとして注目されています。

Information

名称
愛宕神社(東京都港区)
(あたご じんじゃ)

六本木・赤坂

東京都