東京都国分寺市に位置する「殿ヶ谷戸庭園」は、自然の地形を生かした回遊式庭園として知られ、現在は都立の有料庭園として一般公開されています。この庭園は、歴史的価値が高く、国の名勝にも指定されています。庭園内には、豊かな緑と湧き水を活かした日本庭園の趣が広がり、都会の喧騒を忘れさせる静寂の空間が広がっています。
庭園内には美しい竹林が広がり、訪れる人々に静寂と癒しを提供しています。竹の間を歩くと、風に揺れる竹の音が心地よく響き、まるで別世界に迷い込んだかのような感覚を味わうことができます。
庭園内にある「紅葉亭」は、秋になると美しい紅葉が広がり、その景観は訪れる人々を魅了します。紅葉に囲まれたこの場所は、特に秋の観光スポットとして人気が高く、多くの写真愛好家や観光客が訪れます。
殿ヶ谷戸庭園が位置する国分寺市は、武蔵野台地の南端にあり、多摩川の浸食によって形成された段丘上にあります。この地域には、かつての国分寺があり、その歴史は古く、8世紀にまで遡ることができます。国分寺崖線の一角に位置する庭園は、湧水や小川によって作られた谷戸に面しており、自然の地形を活かした美しい景観が広がっています。
この地域では、昭和22年(1947年)に西恋ヶ窪3丁目のローム層から遺物が発見されるなど、先土器時代から人々がこの地に住んでいたことが確認されています。縄文時代の早・中期には、この庭園がある場所から多くの石器や土器が出土しており、1万年以上にわたる人類の歴史を感じることができます。
弥生時代や古墳時代の遺跡は、この地域にはあまり見られませんが、8世紀のものと思われる横穴古墳が内藤や国分寺境内などから発見されています。これらの遺跡は、地域の歴史を知る貴重な資料となっています。
国分寺市では、明治30年(1897年)後半頃から住宅開発が活発化し、大正期には「大衆化」「近代化」の波がこの地域にも押し寄せました。特に別荘地としての開発が進み、実業家や資産家がこの地域に進出しました。例えば、花沢に建てられた「今村別荘」は、大正期における代表的な別荘であり、この地域の発展に大きく寄与しました。
大正4年(1915年)、三菱合資会社の江口定條がこの地に別邸を建て、「随宜園」と名付けました。これは、当時の典型的な和洋折衷の別荘で、赤坂の庭師・仙石荘太郎が作庭を担当しました。この別邸は、後に岩崎家に引き継がれ、昭和初期に「国分寺の家」として再建されました。
昭和4年(1929年)、江口定條所有の土地と「随宜園」は岩崎彦彌太に売却されました。彼はこの庭園を「国分寺の家」として再建し、和洋折衷の回遊式庭園として完成させました。当時の庭園の管理は、江口家から続く石川長三郎・宗三親子が担当し、その後も庭園の保全に努めました。
昭和41年(1966年)、国分寺駅南口の再開発計画が発表されました。この計画では、庭園の都市計画公園指定を解除し、駅前地域を商業地域として開発する案が出されました。しかし、地域住民はこれに反対し、「殿ヶ谷戸公園を守る会」が結成されました。この会は、日本野鳥の会や日本自然保護協会の協力を得て、庭園の保存を求める活動を展開しました。
地域住民の強い要望と働きかけにより、昭和47年(1972年)12月には東京都知事が「都内に残された自然と緑を公共的に保存し、都民の公園として開放する」方針を発表しました。これにより、殿ヶ谷戸庭園は東京都立公園として保存されることが決定されました。
殿ヶ谷戸庭園には、武蔵野段丘の地形を活かした景観や、湧水を中心にした見どころが数多く存在します。以下に、特に注目すべき場所を紹介します。
次郎弁天池は、河岸段丘の崖下から湧き出る水が池に注ぎ、庭園の中心をなす美しい和風の池です。この池は湧水を蓄えたもので、庭園全体の風景を一層豊かにしています。
紅葉亭は、数寄屋造りの茶室で、特に秋の紅葉シーズンには美しいイロハモミジが庭を彩ります。紅葉亭から眺める庭の景色は、まさに日本の秋の風情を感じさせる絶景です。
庭園内には、伝統的な「鹿おどし」が設置されています。これは、イノシシやシカなどの動物を追い払うために使われたもので、その独特な音が庭園に趣を加えています。
国分寺市内には11基の馬頭観音が点在しており、その一つがこの殿ヶ谷戸庭園にあります。馬頭観音は、動物供養や農作物の守護を祈願して建立されたものです。
庭園内には、日本庭園では珍しい孟宗竹の竹林が存在しています。竹の小径を歩けば、静けさと竹の美しさを感じながら散策を楽しむことができます。
季節ごとにさまざまな花が咲く花木園も見逃せません。春から秋にかけては色とりどりの花が庭を彩り、訪れる人々を楽しませます。
春には、藤の花が咲き誇る藤棚が庭を彩ります。この藤棚は、庭園が岩崎家の所有だった時代から存在するもので、長い歴史を感じさせます。
秋には、萩の花が咲き乱れる「萩のトンネル」が現れます。紫の小さな花が連なるこのトンネルは、歩く人々を優しく迎え入れるかのような景観を作り出しています。
本館は、昭和9年(1934年)に岩崎彦彌太の別邸として建てられた洋館です。この建物は、庭園内の風景と調和しながらも、西洋の建築様式を取り入れた重厚な趣を持っています。
殿ヶ谷戸庭園では、季節ごとに美しい花々が咲き誇り、その季節の移ろいを感じさせます。以下に、各月の代表的な花々を紹介します。
ロウバイ、ツバキ、サザンカが冬の庭を彩ります。冬の霜や雪吊りも、風情ある景観を作り出しています。
ツバキ、ウメ、フクジュソウが咲き、早春の訪れを告げます。雪吊りや冬囲いの景観も楽しめます。
ツバキやフクジュソウに加えて、カタクリやキクモモが咲き始め、春の息吹を感じさせます。
藤やシャガなど、春を代表する花々が庭を彩ります。特に藤の花は、庭園内の藤棚で美しく咲き誇ります。
サツキやエビネが初夏の訪れを告げ、庭園に新しい色彩をもたらします。
梅雨時期にはアジサイやホタルブクロが庭を彩り、しっとりとした風情を楽しめます。
レンゲショウマやキツネノカミソリなど、夏の花々が庭を彩ります。特にレンゲショウマは、その繊細な花姿が人気です。
秋には萩や彼岸花、紅葉が庭園を彩ります。紅葉シーズンには、イロハモミジが美しい色に染まり、庭園全体が秋の風情に包まれます。
冬にはロウバイやサザンカが庭を彩り、寒い季節にも庭園に華やかさをもたらします。
殿ヶ谷戸庭園へのアクセスは非常に便利です。JR中央線快速や西武国分寺線、西武多摩湖線が利用でき、国分寺駅南口から徒歩約2分という近さです。ただし、庭園には専用の駐車場がないため、公共交通機関の利用をおすすめします。
四季折々の花や景観が楽しめる殿ヶ谷戸庭園は、訪れる人々に癒しと美しい風景を提供してくれる場所です。ぜひ、季節の移ろいを感じながら、静かな庭園散策を楽しんでください。
殿ヶ谷戸庭園は、歴史的価値と美しい自然を兼ね備えた都立庭園として、東京都民だけでなく全国から訪れる人々に愛されています。江口定條や岩崎彦彌太といった著名人の手によって築かれたこの庭園は、都市化の波の中でもその価値を保ち続け、今日も多くの人々に安らぎを提供し続けています。