東京大学大学院理学系研究科附属植物園は、東京都文京区白山三丁目に位置する、東京大学の附属施設の一つです。一般的には「小石川植物園」として知られていますが、この植物園は植物に関する多様な研究を行うだけでなく、一般公開もされています。
小石川植物園は、現在東京大学の附属施設として知られていますが、その起源は江戸時代に遡ります。この場所は元々、江戸幕府が1638年(寛永15年)に開設した小石川御薬園(こいしかわおやくえん)でした。幕府は、江戸の増加する人口を支えるため、薬草を栽培する目的で南北二つの薬園を麻布と大塚に設置しました。しかし、後に大塚の薬園が廃止され、1684年(貞享元年)に麻布の薬園が徳川綱吉の小石川にあった別邸に移されました。これが小石川御薬園の始まりです。
その後、8代将軍徳川吉宗の時代には、敷地全体が薬草園として利用されるようになりました。1722年(享保7年)には、江戸の貧困層を救うための「施薬院」設立が町医師小川笙船によって請願され、これを受けた吉宗は江戸町奉行の大岡忠相に命じて検討を進め、小石川御薬園内に小石川養生所が設立されました。山本周五郎の『赤ひげ診療譚』や、黒澤明監督の映画『赤ひげ』は、この養生所を舞台にした物語であり、江戸時代の医療活動の一端を描いています。さらに、養生所は後に東京市養育院の設立にもつながり、その役割は長く続きました。
明治時代に入ると、東京帝国大学(現東京大学)が1877年に設立され、同大学の理学部附属施設として再編されました。ここでは、植物学に関する研究が進められると同時に、一般公開も開始されました。1897年には本郷キャンパスから植物学教室が移転し、講義棟が設けられましたが、1934年に再び本郷に移転しています。1998年以降、この施設は大学院理学系研究科の附属施設として運営されています。
2012年(平成24年)9月19日には、「小石川植物園(御薬園跡及び養生所跡)」として国の名勝および史跡に指定され、その歴史的価値が認められました。これにより、植物園内の多くの歴史的建造物や遺構が保存され、一般にもその姿を見ることができます。また、この植物園は面積161,588平方メートルの広さを誇り、日本最古の植物園としてその歴史を物語っています。
小石川植物園には、いくつかの歴史的建造物が存在します。その代表的なものとして以下の建物が挙げられます。
1939年に完成し、内田祥三が設計した建物です。内部には植物分類学などの研究室があり、研究活動が行われていますが、関係者以外の立ち入りはできません。
1919年に理学部植物学教室教授の柴田桂太により設立された植物生理化学実験室です。1934年まで使用されており、2005年に改修されて一般公開されています。
旧東京医学校本館で、国の重要文化財に指定されています。1876年に完成し、東京大学に現存する最古の建物で、医学部本部棟として使用されていました。1969年に小石川植物園内に再建され、現在は総合研究博物館の分館として一般公開されています。
小石川植物園の公開温室では、熱帯や亜熱帯地域の植物を中心に約2,000種が展示されています。温室は地域や生育環境によって6室に分かれており、乾燥地帯の植物やラン科植物などが展示されています。また、2019年11月には新しい温室が一般公開され、明治期の姿をとどめた噴水池なども見どころの一つです。
小石川植物園は元々、徳川幕府の薬園として設立されたため、園内には薬用植物が多く栽培されています。薬園保存園では、当時の薬草園を再現し、サネブトナツメやカリンなど約120種の薬用植物が栽培されています。
冷温室では、高山植物や冷涼な環境に生育する植物を約400種展示しています。この施設では、夏の暑さに弱い植物も展示されており、冬季には自然に近い環境での展示が行われています。
小石川植物園は、その歴史的背景だけでなく、多くの文学作品にも登場しています。泉鏡花の『外科室』や土井晩翠の『新詩發生時代の思ひ出』など、文学史に名を残す作品にその姿が描かれています。これらの作品は、植物園の文化的価値を一層高めています。
小石川植物園が東京大学附属となった当初、園長職は設けられておらず、「管理」や「担任」という役職が存在していました。初代管理は矢田部良吉教授が務め、その後、1897年に松村任三教授が初代園長に就任しました。以降、歴代の園長たちは植物園の発展に寄与してきました。たとえば、三代園長の早田文藏や五代園長の本田正次などがその代表です。
小石川植物園は、単なる植物園としての役割を超えて、歴史的、文化的な価値を持つ場所として多くの人々に親しまれています。徳川幕府時代の薬園としての始まりから、東京大学附属の植物学研究施設としての発展まで、長い歴史を持つこの植物園は、今もなお多くの植物愛好家や研究者にとって重要な存在です。ぜひ、訪れる際には、その豊かな歴史と自然の美しさを堪能していただきたいと思います。