乳房山は、東京都小笠原村の母島中央部に位置する標高462.6メートルの山です。島山100選にも選定されており、小笠原諸島の有人島の中で最高峰に位置しています(無人島を含めると南硫黄島が標高916メートルで最高峰)。山頂からは母島諸島の美しい景観や、遠方に位置する父島諸島が見渡せます。母島一帯は小笠原国立公園に指定されており、豊かな自然が広がっています。
乳房山では、第二次世界大戦中にアメリカ軍が投下した不要弾の爆発跡や塹壕跡が残されています。また、山頂からの初日の出は、一般人が立ち入り可能な場所として日本で最も早く見ることができるスポットです。
乳房山周辺には多様な植物や動物が生息しており、その中には小笠原固有の種も多く見られます。代表的な固有種として、シマオオタニワタリ(学名:Asplenium nidus L.)、セキモンウライソウ(学名:Procris boninensis 母島固有種)、セキモンノキ(学名:Claoxylon centinarium 小笠原固有種)、オガサワラグワ(学名:Morus boninensis Koidz.)などが挙げられます。また、コブガシ、ウドノキ、マルハチ、ガジュマル、タコノキ、ムニンシュスラン、オガサワラビロウ、テリハボク、オガサワラシジミ、オガサワラオカモノアラガイ(現在は母島にのみ残存する小笠原固有種)なども見られます。この地域に特有の動物としては、オガサワラトカゲ、アカガシラカラスバト、オガサワラノスリなどが存在しています。
乳房山の生態系には、侵略的外来種が深刻な影響を及ぼしています。特に、第二次世界大戦前に植林されていたアカギは、戦後の需要がなくなるとともに侵略的に増殖し、現在では小笠原固有のオガサワラグワを駆逐する勢いで繁茂しています。このアカギは、伐採後も切り株から新たに芽を出し、再生・繁茂する強い繁殖力を持っています。また、イエシロアリ、アフリカマイマイ、グリーンアノール(原産地はカリブ海周辺でグアム島を経由して小笠原へ侵入)、野生化したヤギやイエネコなども問題視されています。これらの外来種の影響で、小笠原の固有種が生息しにくくなっている現状があります。
乳房山への登山は、島内の元地集落から開始します。登山ルートは、戦時中の爆発跡や山頂、そして剣先山(標高245メートル)を経由して一周するコースがあります。しかし、2019年に確認された斜面崩落の影響で、同年7月から山頂東側のルートが一部通行止めとなっています。そのため、現在は爆発跡を経由する西側ルートを往復する形での登山が推奨されています。周回する場合の所要時間は、集落から登山口まで約10分、登山道一周が約4時間です。
登山者には、外来生物の侵入を防ぐための対策が求められています。登山口にはマットと酢酸スプレーが設置されており、登山者はマットで靴底の土を落とし、酢酸スプレーで靴底を消毒することが推奨されています。また、事前に母島観光協会での申し込みが必要で、登頂後には有料で登頂記念証が発行されます。
乳房山は、その自然の美しさと歴史的背景から多くの登山者や観光客を惹きつけています。特に初日の出の鑑賞スポットとして人気があり、母島を訪れる際にはぜひ一度訪れてみたい場所です。