杉並区立郷土博物館は、東京都杉並区に位置する歴史博物館で、杉並区の文化や人々の生活に関する資料を保存・展示しています。1989年(平成元年)3月に都立和田堀公園内に開館し、2016年(平成27年)3月28日にリニューアルオープンしました。
杉並区立郷土博物館の本館では、「杉並の歴史を知る」というテーマで常設展示を行っています。原始・古代から近現代に至るまで、杉並区の約3万年の歴史を辿る通史的な展示が特徴です。展示では、武蔵野の大地と人々の暮らし、縄文土器、中世の甲州街道沿いの上高井戸宿のミニチュアなどが紹介されています。
すぎなみコレクションと題したコーナーでは、杉並の歴史や文化に関連する資料を定期的に更新して展示しています。特別展や企画展が開催されていないときには、準常設展示として「杉並文学館」の展示が行われます。この展示は、昭和初期から現代まで杉並区に居住した作家たちを紹介し、自筆原稿や愛用品を展示しています。井伏鱒二や阿佐ヶ谷文士、阿佐ヶ谷会、杉並の作家に関する資料が展示されています。
2007年(平成19年)に開館した分館は、杉並区立天沼弁天池公園内にあり、西館と東館で構成されています。西館には展示室が二室あり、東館には休息スペースが設けられています。
原始・古代の展示では、旧石器時代から古墳時代までの環境の変化や、杉並に住んだ人々の生活について紹介しています。展示には、遺跡から発掘された石器や土器などが並べられ、各時代の景観を分析して復元したイラストも展示されています。
中世の展示では、戦乱の時代における杉並の様子を伝える資料が展示されています。大宮八幡宮境内出土の瓦や、戦国時代に中野区の宝仙寺に遺された後北条氏朱印状、板碑の分布状況から鎌倉街道の痕跡を探る資料などが紹介されています。
江戸時代は泰平の世が訪れ、人々の生活が発展しました。展示では、小田原合戦の際に大宮八幡宮が豊臣秀吉方から下された制札をはじめ、甲州道中高井戸宿の復元模型や江戸時代の村々の生活の様子が再現されています。展示からは、江戸時代の杉並の景観を想像することができます。
明治時代には20の村があった杉並地域は、4つの村に統合され、東京府の管轄となりました。関東大震災後は東京の近郊住宅地として人口が急増し、風景も著しく変化しました。展示では、明治以降、震災後、戦中期、戦後までの杉並の風景や人々の営みが4つの節に分けて紹介されています。
昭和初期には関東大震災をきっかけに多くの文化人が杉並に移り住みました。特に阿佐ヶ谷・荻窪に住んだ作家たち「阿佐ヶ谷会」については、井伏鱒二の愛用品とともに展示されています。また、荻窪に住み、桃井第二小学校の校歌を作詞した与謝野鉄幹・晶子夫妻についても紹介されています。
旧篠崎家住宅主屋は、もともと下井草5丁目にあった篠崎義治家の住まいで、昭和48年に杉並区へ寄贈されました。建築年代は江戸時代の寛政年間(1789年〜1800年)頃と推定され、杉並区指定有形文化財に指定されています。年間を通じて土・日・祝日の午後0時30分から囲炉裏で火を焚き、かやぶき屋根を保護するための燻蒸と昔の生活を紹介する体験も行われています。
旧井口家住宅長屋門は、もともと宮前5丁目にあった井口桂策家の表門で、昭和49年に杉並区へ寄贈されました。建築年代は江戸時代の文化・文政年間(1804年〜1829年)頃と推定され、杉並区指定有形文化財です。長屋門は格式や権威を示す象徴的な建物で、大宮前新田を開発し、代々名主を務めた井口家の格式の高さが伺えます。
松ノ木遺跡は、明治時代に発見された旧石器時代から古墳時代にかけての区内最大級の複合遺跡です。復原住居は昭和25年(1950年)に「方南峰遺跡」で発見・調査された古墳時代後期の住居址をモデルに復元され、当時の生活の様子が展示されています。
和田堀公園には、下高井戸塚山遺跡が位置しています。こちらには縄文時代中期の竪穴住居址をもとに復原された住居が展示されています。
杉並区立郷土博物館の分館は、天沼弁天池公園内と荻窪の区立西田小学校内に開設されています。分館の所在地は、東京都杉並区天沼3丁目23番1号(天沼弁天池公園内)です。
本館へのアクセス
・京王井の頭線永福町駅下車徒歩15分、または「高円寺駅」行きバスで都立和田掘公園下車徒歩5分。
・JR中央本線高円寺駅または東京メトロ丸ノ内線新高円寺駅下車、「永福町」行きバスで「都立和田掘公園」下車徒歩5分。
・東京メトロ丸ノ内線方南町駅より徒歩20分。