東京都立 石神井公園は、東京都練馬区にある都立公園で、風致公園としても知られています。公園は、三宝寺池と石神井池を中心に、雑木林や広場、史跡、運動場などで構成されており、豊かな自然と文化的なスポットが共存する場所です。また、三宝寺池の北側には「石神井松の風文化公園」などの区立公園も存在します。
石神井公園は、三宝寺池と石神井池という2つの池を有しており、特に三宝寺池は武蔵野三大湧水池の一つとして知られています。園内には天然記念物の三宝寺池沼沢植物群落が広がり、自然の豊かさを感じられます。施設としては、有料ボート、野球場(3か所)、テニスコート、野外ステージ、広場、売店などがあり、また石神井公園ふるさと文化館、池淵史跡公園、石神井松の風文化公園も隣接しています。
三宝寺池は、国の天然記念物に指定されている三宝寺池沼沢植物群落を持つ自然豊かなエリアです。古くから武蔵野台地の地下水が湧き出る池として知られ、1959年に公園として整備されました。しかし、年々水量が減少しているため、現在では人工的に地下から水を汲み上げて景観を維持しています。池の名前は隣接する三宝寺に由来しています。
かつて三宝寺池の中ノ島にはカキツバタやジュンサイなどが繁茂していましたが、都市化の進展とともに植生が大きく変わりました。これに対し、貴重な水生植物を保護するための活動が行われています。
池淵には厳島神社、宇賀神社穴弁天、水神社などがあり、厳島神社には昭和天皇が皇太子時代に植えた「御手植之松」があります。また、1996年には「三宝寺池の鳥と水と樹々の音」が環境庁選定の「残したい日本の音風景100選」に選ばれました。1993年には三宝寺池で巨大ワニの目撃騒動が起こり、連日マスコミが報道する大騒動となりましたが、結局発見には至りませんでした。
三宝寺池の南には、武蔵野を支配した豊島氏の居城であった石神井城の跡があります。城跡には石碑が立ち、周囲には本郭跡や空堀、土塁などの遺跡が保存されています。また、氷川神社や隣接する三宝寺も見所です。
三宝寺池の一部はかつて日本初の100mプールとして整備され、その後「石神井釣り道場」として運営されました。現在は水辺観察園として整備されています。
三宝寺池の北側には大正期創業の茶屋「豊島屋」や石神井公園サービスセンターがあります。また、アスレチックや各種広場、A地区野球場なども設置されています。池の北西には豊島氏にまつわる殿塚と姫塚があり、西側は野鳥誘致林や広場があります。
石神井池は、1934年に人工的に造成された池で、通称「ボート池」としても知られています。三宝寺池とともに武蔵野の景観を保護するために作られました。池の水は当初、三宝寺池からの湧水に依存していましたが、後に地下水を汲み上げて維持するようになりました。
石神井池には有料のボート乗り場があり、池の中には中の島が設けられています。また、石橋を渡ると反対岸に渡れるようになっており、池内には彫刻も設置されています。釣りは一部エリアで可能ですが、三宝寺池では全面禁止されています。
池の南西にはけやき広場があり、丘陵には旧内田家住宅や竪穴建物跡が見られる池淵史跡公園、石神井公園ふるさと文化館があります。また、野草観察園や稲荷諏訪合神社も隣接しています。
池の南中央西寄りには野外ステージがあり、土手の上からは池を見渡せるベンチも設置されています。さらに南には旧三井住友銀行運動場を活用した草地広場やB地区野球場、テニスコートがあり、春には八重桜の名所としても知られています。
池の南東にはふくろう広場やくつろぎ広場があり、さらに南には「石神井公園記念庭園」があります。この庭園は1917年に開園され、かつては文士や芸術家たちが集う場所でした。
石神井公園は、三宝寺池地区と石神井池地区の二つの主要エリアに分かれています。三宝寺池地区は静かで落ち着いた雰囲気の中、豊かな自然が広がり、野鳥誘致林などの施設もあります。一方、石神井池地区はボート遊びが楽しめる池を中心に、明るく開放的な景観が広がっています。
関東平野の南部を流れる多摩川と荒川の間に位置する武蔵野台地は、粘土質層の上に砂礫層が重なり、その砂礫層に含まれた水が湧水となって豊かな水資源を生み出しています。石神井公園の三宝寺池もその湧水を利用していた池であり、石神井川の主要な水源の一つでした。
かつて三宝寺池は豊富な湧水があり、「冬でも凍結しない池」として知られていました。石神井川の水源としても重要な役割を果たしていましたが、昭和30年代後半から湧水が減少し、現在では地下水を汲み上げて池水を維持しています。
石神井池は三宝寺池からの弁天川を堰き止めて作られた人工池です。湧水が枯渇した後、現在は三宝寺池からの流入水で池を満たしています。
石神井公園は「水と緑の公園」として知られ、池の面積は公園全体の約30%を占めています。三宝寺池地区は急な崖面に囲まれ、外界から閉ざされた独自の景観を持っています。
石神井公園の三宝寺池は、井の頭池(三鷹市)、善福寺池(杉並区)とともに「武蔵野三大湧水池」として知られています。いずれの池も現在では地下水をポンプで汲み上げて池水を満たしています。
三宝寺池沼沢植物群落は昭和10年(1935年)に国の天然記念物に指定され、北方系の親水性植物が群落を形成しています。環境の変化で姿を消した植物もありますが、ミツガシワ、カキツバタ、コウホネ、ハンゲショウなどが見られます。
石神井公園はクヌギやコナラなどの武蔵野の雑木林が豊富で、もともとの自然林を基礎に作られたことを示しています。桜並木や親水性の樹木群も美しい景観を作り出しています。
練馬区では平成6年(1994年)に石神井公園から15件が「ねりまの名木」に指定されました。しかし、現在では台風や雪害などで指定された木々の一部が失われ、12件が残っています。
石神井公園では、130種類ほどの野鳥が観察されています。特に、三宝寺池周辺では野鳥のさえずりが響き渡り、都会の喧騒を忘れさせる静けさがあります。
公園では一年中見ることのできる鳥たちが存在し、これらは留鳥と呼ばれます。留鳥は品種全体として一年中同じ場所にいますが、個体ごとに移動している場合もあります。代表的な留鳥には、カルガモ、カイツブリ、バン、カワウ、ダイサギ、アオサギ、ゴイサギ、コサギ、オオタカ、ツミ、カワセミ、コゲラ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、ヒヨドリ、シジュウカラ、メジロ、オナガ、ムクドリ、カワラヒワ、キジバトなどがいます。
日本よりも南の地域から夏に訪れる鳥を夏鳥といいます。夏鳥の中には、涼しい山岳部を最終目的地として、23区内などでは旅の途中で短期間を過ごすだけの鳥もいます。石神井公園で見られる夏鳥の代表種には、ツバメ、イワツバメ、カッコウ、オオヨシキリ、コアジサシ、アオバズクなどがいます。
日本よりも北の地域から冬に訪れる鳥を冬鳥といいます。石神井公園で見られる代表的な冬鳥には、マガモ、オナガガモ、ハシビロガモ、コガモ、トモエガモ、ヨシガモ、オカヨシガモ、キンクロハジロ、オオバン、ハヤブサ、ノスリ、チョウゲンボウ、モズ、キレンジャク、ヒレンジャク、エナガ、アオジ、ウグイス、ルリビタキ、トラツグミ、ツグミなどがいます。
これらのほかにも、日本より北の国から南の国への渡りの途中で立ち寄る旅鳥のホトトギス、ヨシゴイ、ミゾゴイ、ササゴイ、アマゴイなどや、外来種のペットが野生化したコジュケイ、ワカケホンセイインコ、ソウシチョウなども園内で観察されています。
サクラ、コブシ、ソメイヨシノ、ニリンソウ、イチリンソウ、ヤマザクラ、カキツバタ、カンヒザクラ、ヒメウズ、ミツガシワなどが見ごろを迎えます。
アジサイ、サルスベリ、フヨウ、ハンゲショウ、エンジュ、スイレン、ノハナショウブ、スイフヨウが見られます。
ツルボ、フジバカマ、カリガネソウ、ユウガギク、ゴキヅル、ノカンゾウ、ミソハギなどが咲きます。
ウメ、ツバキ、サザンカ、スイセン、カンツバキ、マンサク、センリョウ、マンリョウ、オオハナワラビ、カンザクラが楽しめます。
三宝寺池の周辺は、江戸時代から景勝地として知られていました。明治時代になると全国に公園が作られるようになり、石神井地域の人々は当時の東京府に三宝寺池を公園にするよう要望しましたが、なかなか実現しませんでした。そこで地元の人々が自らの力で公園化を進め、様々な施設を設けました。大正時代には、日本初の100メートルプールや、石神井城跡には人工滝が作られました。
昭和5年(1930年)には一帯が「風致地区」に指定され、3年後には石神井風致協会が設立されました。その頃には多くの人々がこの地域を「石神井公園」と呼ぶようになり、昭和8年(1933年)には武蔵野鉄道(現・西武池袋線)の駅名も「石神井」から「石神井公園」に改められました。昭和9年には三宝寺池からの弁天川をせき止め、石神井池(ボート池)が誕生しています。
昭和34年(1959年)3月、これまでの経緯を経て、それまでの石神井風致協会の管理から東京都が管理する「都立石神井公園」として正式に開園しました。開園当時の面積はわずか約5.4ヘクタールでしたが、その後徐々に拡大を続け、現在は約22.6ヘクタールに達しています。
石神井公園は、練馬区の豊かな自然と歴史を感じられる貴重な場所です。美しい景観と多様な施設が魅力で、訪れる人々に安らぎと憩いの場を提供しています。