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東書文庫

(とうしょ ぶんこ)

東書文庫は、東京都北区栄町に位置する日本初の教科書図書館であり、東京書籍株式会社が運営しています。この図書館は1936年(昭和11年)に東京書籍創立25周年を記念して開設され、正式には「東京書籍株式会社附設教科書図書館 東書文庫」と称されます。東書文庫は、教科書に関する多様な資料を所蔵しており、その歴史的価値とともに、日本の教育文化を支える重要な存在となっています。

開設の経緯と歴史

東書文庫の設立は、東京書籍第3代社長・石川正作の「教科書や教育専門書は、今のうちに蒐集保存しておかなければ、いずれ散逸してしまう」という強い危機感から始まりました。この思いを実現するため、石川は文部省図書局長の柴田徹心と相談し、柴田からの熱心な支持を受けて、1934年(昭和9年)に教科書専門の図書館を企画しました。そして、1936年(昭和11年)に新社屋とともに東書文庫が竣工し、開館しました。当初は約1万冊の教科書が所蔵されていましたが、1938年(昭和13年)には文部省から明治時代を中心とした約47,000冊の検定教科書が寄贈され、教科書専門図書館としての基盤が強化されました。

第二次世界大戦と東書文庫

1945年(昭和20年)の東京大空襲では、王子・赤羽地区を中心とした城北地域が甚大な被害を受けましたが、東書文庫は奇跡的に焼失を免れました。戦後も当初の姿をほぼそのまま残しており、その歴史的価値は高く評価されています。1953年(昭和28年)には館内に「東京教育研究所」が設立され、1962年(昭和37年)には展示室が開設されました。ここでは往来物(寺子屋の教科書)から戦後の検定教科書までを展示し、一般に公開されています。

重要文化財と近代化産業遺産としての東書文庫

東書文庫の建物は、1999年(平成11年)に東京都北区の有形文化財(建造物)として指定され、2007年(平成19年)には経済産業省の近代化産業遺産(近代製紙業)としても認定されました。さらに、2009年(平成21年)には、「近代の教科書関係資料として我が国で最も代表的な資料群」として、所蔵する資料の一部(76,420点)が国の重要文化財に指定されました。2013年(平成25年)には、東京豊島区の謙堂文庫から往来物のコレクション3,340点が譲渡されるなど、貴重な資料の収集と保存が進められています。

所蔵資料と展示内容

東書文庫が所蔵する資料は約16万点に及び、江戸時代から現代に至るまでの教科書や教育関連の資料が含まれています。具体的には、江戸時代の教科書である往来物や、明治・大正・昭和期の小学校教科書、旧制中学校や高等女学校の教科書、墨塗り教科書などがあります。また、現行の小・中・高等学校の教科書や教師用指導書、学習指導要領、さらには教育一般図書、掛図、版木、原画なども所蔵されています。展示室にはこれらの資料が時代ごとに系統立てて展示され、教科書の変遷をたどることができます。

国の重要文化財としての資料群

東書文庫に所蔵されている資料の中でも特に重要なのが、国の重要文化財に指定されている近代教科書関係資料です。これには教科書類75,277点、掛図805点、原画144点、板木194点が含まれています。明治から昭和にかけての教科書やその関連資料は、当時の教育制度や社会状況を反映しており、教育史の研究においても非常に貴重な資料となっています。また、教室で使用された視覚教材である掛図や、教科書の挿絵に使用された板木も、文化的価値が高いとされています。

建物の特徴と建築様式

東書文庫の建物は、鉄筋コンクリート造りの2階建てで、書庫部分は中2階を持つ3層構造となっています。延床面積は創建当時の734㎡から、1979年(昭和54年)の増築により1,359㎡に拡大しました。この建物はアール・デコ様式を基調とした意匠が特徴で、外装は黄褐色のスクラッチタイルで覆われ、1階ホールには円形の窓が設けられています。外壁や玄関の庇を支える2本の円柱、そして幾何学的なデザインが施された外観は、当時のモダンな建築スタイルを反映しています。

戦時中の影響と現在の保存状況

戦時中、東書文庫の玄関ドアや1階ホールの円形窓に施されていた美しい鋳鉄製ブロンズ仕上げの格子は、金属類の供出により失われてしまいました。しかし、その設計図は今も残されており、当時の優れたデザインを偲ばせます。現在も都電荒川線(東京さくらトラム)が東書文庫の南側を走っており、その優雅なたたずまいは昭和のレトロ感を醸し出しています。東書文庫は、これからも日本の教育文化の保存と継承を担う重要な施設であり続けることでしょう。

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名称
東書文庫
(とうしょ ぶんこ)

練馬・板橋

東京都