東京都 » 奥多摩・青梅

玉堂美術館

(ぎょくどう びじゅつかん)

玉堂美術館は、東京都青梅市御岳1丁目75に位置する日本画家、川合玉堂の個人美術館です。玉堂美術館は一般財団法人玉堂会によって運営されており、館長は小澤順一郎氏が務めています。所蔵作品は約300点に及び、その多くは川合玉堂の絵画作品です。

玉堂美術館の歴史

川合玉堂の生涯と功績

川合玉堂(かわい ぎょくどう)は、1873年(明治6年)に愛知県葉栗郡外割田村(現在の一宮市木曽川町外割田)に生まれました。彼は東京美術学校で日本画を教え、さらに帝室技芸員としても活躍しました。1940年(昭和15年)には文化勲章を受章し、日本画の発展に大きく貢献しました。

1944年(昭和19年)、太平洋戦争の影響で川合玉堂は、しばしば訪れていた東京都西多摩郡三田村御岳(現・青梅市御岳)に疎開しました。その後、彼は奥多摩の自然豊かな御岳渓谷で暮らし、1957年(昭和32年)に84歳でこの世を去るまでこの地に住み続けました。

玉堂美術館の設立

川合玉堂の死後、彼の功績を後世に伝えるために、個人美術館を建設しようという声が上がりました。その呼びかけに応じ、香淳皇后をはじめとする多くの団体や地元の有志、玉堂のファンから寄付が集まりました。美術館の建設が始まり、1961年(昭和36年)4月に建物が完成、同年5月には玉堂美術館が開館しました。館内には彼の15歳頃の初期作品から晩年の作品までが展示されており、玉堂の絵画の軌跡をたどることができます。

美術館の施設と庭園

建築と展示施設

玉堂美術館は、敷地面積約1,500m²の中に鋼金コンクリート造の陳列室と木造の画室を備えています。建物の設計は、五島美術館なども手掛けた数寄屋建築の第一人者である吉田五十八氏が担当しました。吉田氏は川合玉堂とも親交があり、その建築は飛騨の民家や寺院の回廊をモチーフにしたデザインが特徴です。

美術館内では、玉堂が愛した奥多摩の自然に調和する形で、四季折々の作品が展示されており、年に7回ほどの展示替えが行われています。

日本庭園とその評価

玉堂美術館には、中島健作氏が手掛けた枯山水の日本庭園があります。この庭園は、アメリカの日本庭園専門誌「SUKIYA LIVING MAGAZINE」による2016年の日本庭園ランキングで第10位に選ばれ、その美しさが国内外で高く評価されています。

美術館周辺の観光スポット

玉堂美術館は、JR青梅線御嶽駅から徒歩3分の距離にあり、アクセスも非常に便利です。美術館の前には多摩川が流れ、川沿いには遊歩道が整備されているため、自然散策も楽しめます。

また、近隣には「櫛かんざし美術館」(2023年から休館中)や「たましん御岳美術館」(2019年に閉館)、そして「吉川英治記念館」などの文化施設もあり、周辺には多くの観光スポットが点在しています。

玉堂美術館の役割と展望

玉堂美術館は、川合玉堂の遺作を展示するだけでなく、日本の伝統美術を広く伝える役割を担っています。これからも、川合玉堂の作品を通じて、訪れる人々に日本画の魅力や、奥多摩の美しい自然との調和を感じてもらえる場所であり続けるでしょう。

玉堂美術館を訪れる際には、川合玉堂が愛した御岳渓谷の自然と、彼の作品に触れながら、ゆったりとした時間を過ごしていただければと思います。

Information

名称
玉堂美術館
(ぎょくどう びじゅつかん)

奥多摩・青梅

東京都