皇居外苑の概要
皇居外苑は、皇居前広場と1969年(昭和44年)に開園した北の丸公園、さらに内濠に沿った緑地を含む広大なエリアです。都市計画法第11条に基づく名称では、北の丸公園や日比谷公園と合わせて「東京都市計画公園第5・8・23号中央公園」として指定されています。このエリアでは、桜田門や二重橋といった歴史的な建築物を楽しむことができます。
入苑料は無料で、広く開放されており、開苑・閉苑の概念は存在しません。観光地としての人気も高く、国内外から多くの観光客が訪れています。
歴史的背景
江戸時代、この場所は江戸城の一部で「西の丸下」と呼ばれていました。ここには幕閣に連なる大名の屋敷、馬場や厩舎が存在していましたが、明治時代にこれらは撤去されました。その後、皇室苑地を経て、1949年(昭和24年)に国民公園として開放されました。
公園内には広大な芝生と黒松の木が広がり、和田倉噴水公園などの施設が設けられ、都心のオアシスとしての役割を果たしています。1971年(昭和46年)には、管理が当時の厚生省から環境庁(現:環境省)に移管されました。
事件・出来事
皇居外苑は、その歴史的な背景から、多くの重要な事件や出来事が発生した場所でもあります。
- 死のう団事件(1937年2月) - 団員の一人が「死のう」と書いたビラを撒き、割腹自殺を図る事件が発生しました。
- 皇居前での集団自決(1945年8月) - 第二次世界大戦の敗戦を受けて、明朗会の12人などが皇居前広場で自決しました。
- 朝鮮人生活権擁護全国大会(1946年) - デモ隊が皇居から首相官邸に向かい、首相官邸デモ事件を引き起こしました。
- アメリカ独立記念日閲兵式(1947年7月4日) - ダグラス・マッカーサーによる閲兵式が行われ、15,000人が参加しました。
- 人民広場事件(1950年) - デモ隊と占領軍が皇居前広場で衝突し、レッド・パージのきっかけとなりました。
- 二重橋事件(1954年) - 宮中一般参賀における警備の不手際により、群集事故が発生し、16名が死亡、65名が負傷しました。
皇居外苑の主要スポット
皇居外苑には多くの歴史的建築物や観光スポットが存在します。以下に、代表的なものをいくつかご紹介します。
皇居前広場
皇居外苑の中心に位置する広場で、非常に広大なエリアを持ち、東京の都心とは思えないほど開放的な雰囲気が特徴です。ここからは、周辺の丸の内や日比谷のオフィスビルを一望することができます。
二重橋
皇居に架かる代表的な橋で、かつては二段構造になっていたため「二重橋」と呼ばれています。普段は一般の人々が立ち入ることはできず、皇居前広場からその姿を眺めることができます。
桜田門
皇居にある重要文化財の一つで、現在でも通行可能な門です。幕末の歴史を物語る事件がここで起こりました。
和田倉噴水公園
和田倉地区にあるこの噴水公園は、明仁上皇の成婚を記念して1961年に開園されました。1995年には今上天皇の成婚を記念して再整備され、現在の姿となっています。夜にはライトアップされ、幻想的な雰囲気を楽しむことができます。
地名としての皇居外苑
皇居外苑は、1967年(昭和42年)に住居表示が実施され、正式な町名となりました。この地域には住宅がなく、世帯数および人口はゼロです。しかし、楠正成像や和田倉噴水公園など、歴史的・文化的な名所が数多く存在しています。
交通アクセス
鉄道
東京メトロ千代田線の二重橋前駅が最寄り駅です。駅の出入口は丸の内に位置しています。
道路
東京都道301号白山祝田田町線(内堀通り)や東京都道404号皇居前東京停車場線が、このエリアを通っています。